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2013.09.24 アルプセット

   ↑  2011/08/31 (Wed) 00:04  カテゴリー:アルプ
アルプ

「アルプセット」

ある冬の某日。

吟遊詩人の爪弾くリュートが微かに聞こえるが、
歌声はまるで聞こえてこない。
店内を満たしている喧騒が吟遊詩人の声をかき消しているのだ。
-----酒を満たした杯を叩き合わせて生還を喜ぶ者達。
-----戦利品の金貨をテーブルに広げ、分け前を細かく数える者達。
-----今日起きた犯罪者との一騎打ちを盛大な英雄譚として語る者。
-----その話を聞き流しながら、店主自慢のイモ料理に夢中な者。
どれもこれも、冒険者である。
ここはギルガメッシュの酒場。
明日をも知れぬ冒険者達がひとときの安らぎを得る場だ。

「サッキュバス、サッキュバスって!!」

その金切り声とテーブルを叩く音がどれほど大きかったのか・・・
あれだけ喧騒に満ちていたギルガメッシュの酒場が一瞬にして静まり返り、
食器のこすり合う音ですら消えた。
リュートを奏でていた吟遊詩人の指は止まり、
誰もがファイヤードラゴンの咆哮を聞いたかのように体をこわばらせて、
金切り声の方を見た。
声の主はテーブルに叩きつけた両手で髪を掻きむしりながら言葉を続けた。

「あれはスッポンポンでしょうが!」

蟠りを隠そうともせず、テーブル奥の人物に怒鳴りつける後ろ姿は、
まるで夜叉のようでもある。痴話喧嘩か、仲間割れか。
これは酒場の中で剣を抜くか魔法を使う御法度事になりかねない・・・
店の誰もがそう思い、すぐにでも動けるように腰を浮かす。

「何見てんのよ!」

振り返った夜叉の眼光に酒場の者達は一瞬息を呑んだが、
その正体が知れると安堵の溜息がこぼれ、
すぐさま元の喧騒が戻った。

「なんでぇ、白梅かよ。ったく人騒がせな」

そうボヤいた男の側頭部にワインの瓶が直撃する。
瓶は割れず、鈍く重い音と共に男は白目を剥いて卒倒した。
ギルガメッシュの酒場では冒険者同士の喧嘩事が多いため、
その度に割られる瓶代も馬鹿にならない。
そこでちょっとやそっとでは割れないような硬い瓶を使っているのだ。
瓶さえ割れなければ、それを使って冒険者同士が殴りあって
血反吐にまみれようが知ったことではないのだ。

「なんか文句があるなら直接言いな! 瓶投げるよ!」

夜叉-----白梅はまた大声を張り上げる。

「もう投げてるじゃねぇか・・・」

白目を剥いて卒倒した男の相方は呆然としている。

「まったく、陰口とか男のすることじゃないね!
 で、どこまで話したっけ?」

白梅は椅子に座り直して、改めてテーブル奥の人物を睨みつけた。

「サッキュバスがスッポンポン、ですとも、えぇ」

奥の人物は唇の右端だけを釣り上げるようにして笑みを浮かべる。
その顔は仮面で隠れ、なにか企んでいるようにも見える。
冒険者ならば知らぬものはいない。その男の名はアラハゥイ。
彼を称する言葉はいくつかある。
曰く、イルファーロの貧乏貴族、港町の占い師。
曰く、仮面の紳士、仮面の貴族。
ある時は冒険者の行く手を遮る邪魔者であり、
ある時は冒険者に救いの手を差し伸べる援助者でもある謎に包まれた男だ。

「で、私にどうしろと・・・おっと、その前に」

そう言いながらアラハゥイは空になったグラスを掲げて、
酒場の看板娘マリーを呼んだ。
小股でパタパタと足音を立ててやってきたマリーの手には
既にラム酒の瓶がある。

「毎度ありがとうございます!」

「いえいえこちらこそ。
 こんな可愛らしい女の子に触れることを感謝しますとも、ええ」

「当店はおさわり禁止です!」

マリーは自分の胸を触ろうとしたアラハゥイの指を何本かまとめて掴むと、
ありえない方向にひん曲げて、頬をふくらませながら去っていく。

「おお、痛い」

大して痛くもなさそうに言うと、折れ曲がった指を治す。

「マリーちゃんとあなた、どちらが強いんでしょうかねぇ、えぇ」

白梅はそう問われても答えなかった。
マリーは男の指を簡単にへし折れるようには見えない可憐な少女だが、
冒険者相手の商売で培った体力と腕力はなかなかのものらしい。

「そんなことより、本題よ、本題」

白梅はテーブルの上に置かれた皿をなぎ払い、羊皮紙を広げた。

「これ! これがほしいのよ、これ!」



130920_11s.jpg


「ほぉ、絵がお上手ですなぁ」

アラハゥイが感嘆の声を上げる。羊
皮紙に描かれているのは衣装のデザインだった。

「あんた、イルファーロに卸している衣装関係を牛耳ってるんでしょ! 
 これくらい作れるんでしょ!?」

「何か勘違いをなされているようですが、私は衣装のデザインについて
 意見を求められるので答えているだけでして、
 卸売には関与しておりませんとも」

「はぁ?」

白梅はマリーが届けたばかりのラム酒の瓶を握った。
その殺気を悟ったのか、アラハゥイは多少仰け反りながら言葉を紡いだ。

「いやはや、あ、そういえば知り合いの服飾デザイナーに
 聞いてみるのも一興ですねぇ」

「そうしてちょーだいな。アラハウィ」

「いえ、アラハゥイです」

「発音できそうにないからどっちでもいいでしょ! 
 じゃあ、頼んだわよ!」



こうして発案されたアルプセットは、服飾デザインの第一人者
クリスティン・ビュールによって半年の月日をかけて完成された。
人間を脅かす魔物である「アルプ」ではあるが、
その容姿の可愛らしさから一部では人気が高く、
アルプと契約してペットとして飼っている冒険者もいるという。

このアルプセットはその可愛らしさをうまく取り入れ、
冒険時でも邪魔にならないデザインとなっており、
高名な服飾デザイナーたちも一目置いているという。

ファション誌「キャンキャム」の取材を受けたクリスティン・ビュール女史は
「仮面のやつから
 『下着の線が出ないように下に何も着ない仕様にしてください、えぇ』とか
 『ムチムチプリンな感じで』とか、よくわからない注文を受けたわ」
と、ため息混じりで答えている。
クリスティン女史は「次も、もっと満足して頂けるものを作るわ」
と意欲を見せている。


後日談ではあるが、
仮面の男はこの衣装を酒場の看板娘マリーに着るように迫った罪で、
衛兵に連行されている姿を多数の街人に目撃されている。
そんなことをしなくても、
その夜ギルガメッシュの酒場では看板娘たちが
全員アルプセットを着込んで踊るというイベントを行ったらしく、
獄中で仮面の男は泣いていたという。

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